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思い出深い先輩「M輪さん」の記録

  • 執筆者の写真: 店主
    店主
  • 2025年12月28日
  • 読了時間: 3分

更新日:9 時間前



23歳の頃、居合刀メーカーで働いていた時期がある。

今日は、その頃に出会った先輩の「M輪さん」のことを、

記録として少し残しておこうと思う。


M輪さんは年齢が10〜15歳ほど上だったはずで、

もともとは自動車畑の人だった。

メーカーのハイエースが出張先でトラブルを起こした時、

レスキューに来たのがM輪さんだった──という話を、あとから聞いた覚えがある。


縁あってメーカー入りし、入社した自分と同じ「真剣諸工作」のチームになった。


■外回りで教わったこと


右も左も分からなかった自分に、M輪さんが最初に言ったのはこうだった。


「外回りに行ったら、職人さんの仕事を“見てこい”。…話し相手になってこい」


当時の自分は、若造も若造。まともに相手をしてもらえないことも多かった。

それでも入口になってくれた職人さんがいて、

特に長く話してくれた柄巻き師さんの存在は大きかった。


巻師さんは外回りのたびに缶コーヒー代として100円をくれたり、ガムをくれたりした。

距離の取り方が不器用な自分にとって、あれは不思議と助けになっていたと思う。


■いま思うと「危うさ」もあった


一緒に外回りをしていて、

どこかで時間を潰している時に会社から所在確認の電話が入ったことがある。

自分が正直に「M輪さんと一緒です」と答えた瞬間、M輪さんの顔色が変わった。


その後の帰社スピードは、いまでも鮮明だ。

(あの時の運転は、正直、怖かった)三菱ブラボーが吠えた。


また、仕様にどうしても腑に落ちない点があり、進言したことがある。

しかし返ってきたのは「いいから、言う通りにやれ」の一言だった。


結果として不具合が出て、尻拭いをすることになった。

若い自分にとっては苦い経験だったが、

いま思えば「疑問を抱く感覚」は正しかったのだと思う。


■忘れられない一杯


当時の自分は、職場の人間関係をどこか軽くしていた。

そんな自分に、M輪さんはラーメンを奢りながら、こう言った。


「人生で一番長い時間を一緒に過ごすのは職場の人間だ。チームワークは大切だぞ」


山県市の高山ラーメン「さるぼぼ」。

あの一杯は本当に染みた。味も、言葉も、空気も、今も覚えている。



■悪いお手本として残ったこと


一方で、M輪さんのやり方の中には、

いまでも“悪いお手本”として刻まれているものがある。


たとえば、納期が厳しい時に、

理由として「誰かの不幸」などを持ち出してしまう癖があった。

(本当かどうか以前に、そういう切り抜け方を正当化してはいけないと、今の自分は思う)


また、当時は危険性をよく分かっていなかったが、

車の燃料トラブルで「容器で燃料を運んで補給してくれ」と頼まれたこともあった。

結果的に何事もなかったが、今なら「無事でよかった」と思う。


ほかにも、仕事と関係ない作業に巻き込まれそうになったことがあった。

後年、廃棄PCのインクリボンに残されていた怪文書から

会社側が対応に追われる出来事にもつながり、

あの人の“境界線の曖昧さ”を思い知らされた。


■それでも、残ったもの


いま振り返ると、負の記憶のほうが勝っている。

それでも、人情を重んじる姿勢や、

職人さんの現場に触れさせようとした部分には、影響を受けたのも事実だ。


「これは良くない」という実例を目の前で見たことも、結局は自分の糧になっている。

思い出深い先輩──良い意味でも、悪い意味でも。



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