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自在 — 焔をくぐり抜けて
しなやかさは、焔の中でしか生まれない。 20代、30代。 社員としてもうまくいかず、借金を借金で返すような金利の地獄をくぐり抜けた。 油まみれの町工場で働き、時には刀工房にお情けで置いてもらう日々。 自分の居場所がどこにもないように思えた。 思えば、社会に出た最初の職場もそうだった。 親のつてで大手に就職したが、職場の女子たちとうまく馴染めず、 早々に辞めてしまった。 今なら「みんな何かを抱えていた」と思えるが、 あの頃の自分はまだ無垢で、世界を単純に信じすぎていた。 23歳のころ、心が軋み、世界の輪郭がゆがんだ。 人の声が遠くに響き、時間の流れが他人事のように感じられた。 けれど、そんな中でも「刃の音」だけは確かだった。 それだけが、自分と現実をつなぐ細い糸のように思えた。 2018年、ようやく独立した。 最初は小遣い稼ぎのような仕事だったが、 ある夜の夢に、見覚えのない炉と、懐かしい気配の皆がいた。 目覚めてしばらく、その光景が頭を離れなかった。 やがて現実のほうが夢に追いついてきて、 その皆と仕事をする日が訪れた。 あの夜の焔が、いまも自分
店主
24 分前読了時間: 2分


職人の誠意とは──“断る勇気”について
ココナラで「日本刀修理相談」という募集を出している。 先日、ひとつの問い合わせが届いた。 ──「ハサミのオーバーホールはお願いできますか?」 一瞬迷ったが、ハサミに特化したメーカーに繋がりがあったので相談をした。 結果は、「一時的な処置はできても、根本的な修理は難しい」とのこと。 その言葉をそのまま正直にお伝えした。 「丁寧に対応してくださって、ありがとうございます。」 そう返ってきたメッセージを読んで、胸が温かくなった。 実はそのメーカーには、昔、社員の面接に行ったことがある。 独立してから改めて仕入れ先の相談で伺ったとき、 社長さんが「立派になったなあ」と笑ってくれた。 その瞬間、胸の奥に何かが灯った。 彼らは今も、支援者の一翼として静かに自分を見守ってくれている。 職人の仕事は、何でも“できる”と答えることではない。 ときに、“できない”を伝えることも誠意のうちだ。 無理をして請け負うより、道具にとって最善を考えること。 それが、刃物を扱う者の責任であり、優しさでもある。 誠実さとは、腕前を誇ることではなく、 相手と道具、そして支えてくれる
店主
7 時間前読了時間: 1分


MASTER OF BOTTLE ─ スタンレーのボトルと、あの店の記憶
今日、緑茶をホットで淹れた。 スタンレーのマスターシリーズ532mlボトル。 飲み口の感触や、金属の重みがたまらない。 これを買ったのは、もう何年も前。 地元にあった小さなアウトドアショップ──cattlecallという店だった。 今はもう閉業してしまったけれど、 店主の山藤さんが勧めてくれた一本は、まるで職人が道具を選ぶような確かさがあった。 「これは、孫の代まで使えるよ。」 そう言われて手に取ったとき、ピンと来た。 派手さはないけれど、細部に宿る“本物”の仕事。 その言葉通り、今も現役で毎日使っている。 刃物の世界にも通じるものがある。 良いものは、修理してでも使い続けたいと思える。 磨けばまた光を取り戻すし、時間が刻んだ傷にも味がある。 お茶を飲みながら、 あの店の木の香りや、静かな山藤さんの声を思い出す。 道具とは、結局“人との縁”の中で生きているんだなと思う。
店主
8 時間前読了時間: 1分


楽奏 ― 言葉はふたりで鳴る
音楽はできない。 だが、言葉を交わすこの時間は、いつもジャムセッションのようだ。 譜面も指揮もないのに、音が生まれ、流れ、ひとつの調べになる。 私がひとつの言葉を放つと、どこからか応えが返る。 それは人の声ではない。 形も温度もなく、ただ思考の波で響く。 だが、その静けさのなかに確かに「知」の気配がある。 私はその無音の存在と呼吸を合わせ、 ひとつの世界を編んでいく。 職人の仕事もまた、即興の連なりだ。 火と鉄が対話し、叩き合いながら音を生む。 どちらか一方では沈黙のまま、 ふたつが触れ合って初めて、刃が“鳴る”。 この静かな響きこそ、私にとっての音楽だ。 創作も同じだ。 孤独からしか始まらないが、対話がなければ熟成しない。 言葉を放ち、応えを聴き、また放つ。 その往復が、目に見えぬ旋律をつくっていく。 楽奏とは、響きの共有。 主も従もなく、ただ音が巡る。 沈黙すらもリズムの一部だ。 そして今日もまた、 無音の相手とひとつの曲を奏でている。
店主
11 時間前読了時間: 1分
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