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「遺言」故・森川士朗先生の言葉
19-23歳の頃。発狂する直前, 当時お世話になっていたカウンセラー 故 森川士朗先生と 交換日記のようなものをしていた。 診察外に、時間をさいて、当時はまだわからなくていいと 思っていらっしゃったのか、自分が嘆くターンと先生が諭すターンが 何度かあった。初回の返信に全てが刻まれていたので 当時の先生の仮名つかい改行そのままに残します。 末松君 森川 青年期のまっただ中にいる君 激しく揺れ動く心、波打つ 感情に ほんろうされている君、 独り虚空にただよい、着地す べき場所も見つけられない君 今が、一番つらい時と感じて いるだろう。 しかし、この20年間の人生を 振り返ってみて、つらいと 感じたことは、何度も有った はずだ。その都度、その つらさを乗り越えて、今の 君が有る。その時も、 一番つらい時と感じていた だろう。 そうです。何時(いつ)も、これが 人生で最っとも つらい時と 感じ、絶望し、そして死をも (次項) 考えてしまう。それでも、乗り越えて きた。そして今の君がいる。 青年期を生きる人たちは、 つらさ→絶望→死を、

店主
2025年12月9日読了時間: 4分


Vision Care 江戸の職人たちの眼を想う
先日、数年ぶりに眼鏡を更新。「遠近両用」に踏み切った。 ずっと使っていた OAKLEY のフレームは、惜しいけれど今回で卒業。 視界が遠くなり、作業のピントが合いづらくなったのは、認めざるを得ないサインだった。 関市の キクチメガネ さんで、1時間以上かけて検眼していただき、 仕上がったのは、思っていたよりもずっと穏やかな遠近両用だった。 初日は―― 遠くを見ると世界が少し歪むような、不思議な浮遊感があった。 だが、一晩経つとすっと視界が整い、 目とレンズが“歩み寄った”ような感覚になった。 さらに極めつけは、店頭の「お楽しみくじ」。 まさかの 2,000円当選。 引き渡し前だったのでそのままキャッシュバック。 ついでに偏光のサングラスアタッチメントも2割引で手に入った。 誕生日優待より手厚い「ご町内優待」も発動した。 SNS(X)でその話を投稿したら、 キクチメガネ公式キャラ「オプトくん」がリポストしてくれた。 企業公式に拾われるとは思わず、少し照れつつも嬉しい気持ちになった。 ■ 気づき 遠近に初めて触れ、 “見えるということ”...

店主
2025年11月24日読了時間: 5分


サバイバルゲームと刀
—現代の戦場で思う、心の間合い— はじまりは弓道部の放課後 高校1年のとき、同級生のK島から譲ってもらったガスガンがすべての始まりだった。 彼とは弓道部の仲間で、放課後になると裏山で「撃ち合い」と称して遊んでいた。 矢を番えるかわりにガスを詰め、的の代わりに互いを狙う。 緊張の瞬間は、弓を引くときのそれと同じだった。 音と距離が違うだけで、心は同じ場所にあったのだと思う。 野良サバゲーの時代 2000年代初頭。携帯はまだガラケーで、掲示板を通じて見知らぬ仲間と出会った。 河川敷や空き地に集まり、手作りのルールで撃ち合う。 草の匂い、BB弾が草を裂く音。 そのすべてが、あの頃の自由の象徴だった。 今思えば、あれは半ば“迷惑行為”だったのかもしれない。 けれど、許可のない場所にしかなかったあの「戦場の空気」は、いまも忘れられない。 河川敷でのナワバリ争いすら、青春の一頁として胸に残っている。 有料フィールドの洗礼 2014年頃からは、有料フィールドに足を運ぶようになった。 セーフティゾーン、弾速チェック、ゲーム前のブリーフィング。...

店主
2025年11月11日読了時間: 2分


自在 — 焔をくぐり抜けて今
しなやかさは、焔の中でしか生まれない。 20代、30代。 社員としてもうまくいかず、借金を借金で返すような金利の地獄をくぐり抜けた。 油やトリクレンまみれの町工場で働き、時には刀工房にお情けで置いてもらう日々。 自分の居場所がどこにもないように思えた。 思えば、社会に出た最初の職場もそうだった。 親のつてで大手に就職したが、職場の女子たちとうまく馴染めず、 早々に辞めてしまった。 今なら「みんな何かを抱えていた」と思えるが、 あの頃の自分はまだ無垢で、世界を単純に信じすぎていた。 ※今の自分なら全員テゴメにしちゃいそうだなと思った(笑) 異性が聖域だった,未知だったからその時は相容れなかったのかな 23歳のころ、過労から心が軋み、世界の輪郭がゆがんだ。 人の声が遠くに響き、時間の流れが他人事のように感じられた。 けれど、そんな中でも「刃の音」だけは確かだった。 それだけが、自分と現実をつなぐ細い糸のように思えた。 2018年、汚れきった職歴の果てにようやく独立した。 最初は小遣い稼ぎのような仕事だったが、 ある夜の夢に、懐かしい工房の仲間たちの事

店主
2025年11月11日読了時間: 2分


楽奏 ― 言葉はふたりで鳴る
音楽はできない。 だが、言葉を交わすこの時間は、いつもジャムセッションのようだ。 譜面も指揮もないのに、音が生まれ、流れ、ひとつの調べになる。 私がひとつの言葉を放つと、どこからか応えが返る。 それは人の声ではない。 形も温度もなく、ただ思考の波で響く。 だが、その静けさのなかに確かに「知」の気配がある。 私はその無音の存在と呼吸を合わせ、 ひとつの世界を編んでいく。 職人の仕事もまた、即興の連なりだ。 火と鉄が対話し、叩き合いながら音を生む。 どちらか一方では沈黙のまま、 ふたつが触れ合って初めて、刃が“鳴る”。 この静かな響きこそ、私にとっての音楽だ。 創作も同じだ。 孤独からしか始まらないが、対話がなければ熟成しない。 言葉を放ち、応えを聴き、また放つ。 その往復が、目に見えぬ旋律をつくっていく。 楽奏とは、響きの共有。 主も従もなく、ただ音が巡る。 沈黙すらもリズムの一部だ。 そして今日もまた、 無音の相手とひとつの曲を奏でている。

店主
2025年11月10日読了時間: 1分


地湧 ― 来訪するものを待つ心
湧水のように、言葉がふいに湧き上がる日がある。 思考ではなく、感覚の奥から静かに溢れてくる。 それは努力の結果というより、 “何かが降りてくる”瞬間に近い。 かつて自分は、長いあいだその感覚を待っていた。 「今日は彼が来ないな」と思う夜があった。 “彼”とは、創作の神か、もう一人の自分か。 待つことしかできない自分を情けなく感じる日もあった。 社員として働いていた頃、 自分の無能さに悩み続けた。 指示を待ち、評価を恐れ、 やがて何も生み出せない時間だけが積もっていった。 けれど今にして思えば、 あの頃こそが、心の地層を掘り下げていた時期だったのかもしれない。 湧水は、見えない深さを通ってやっと地表に現れる。 今は、待つことを恐れない。 神が降りる日もあれば、沈黙だけが続く日もある。 だが、沈黙の中にこそ気配がある。 火を落とした炉の中で、鉄が静かに息づくように。 湧水は、掘る者にしか見えない。 神は、待つ者にしか降りてこない。 今日もまた、心の底を静かに掘り続けている。

店主
2025年11月10日読了時間: 1分


夢想直伝 ― 夢に学び、夢を伝える
As if in dream 人は、夢の中で何かを受け取ることがある。 形のない教え、言葉にならない感覚。 自分は、それを無視できない性分だ。 朝、目を覚ましたあとも、夢の残像のような感触が心に残る。 その感覚を、仕事にも、刀にも、そして生き方にも重ねてきた。 自分が敬意を抱く流派に、夢想神伝流と無双直伝英信流がある。 どちらも居合の正統を継ぎ、時代を超えて磨かれてきた道。 しかし自分は、夢の中で“もう一つの流れ”を見た。 伝統をなぞるのではなく、そこに夢の導きを重ねる。 それを「夢想直伝」と呼んでいる。 夢想直伝――夢を想い、直に伝える。 それは、型を破るための型ではなく、 自分の内に降りてきた“気づき”を大切にする姿勢だ。 夢のなかで聞いた言葉、見た景色、感じた呼吸。 それらは稽古の外にある、もう一つの稽古場かもしれない。 日本刀の道もまた、夢想に通じている。 鉄を鍛え、火を入れ、刃が光を受け止めるとき、 そこには理屈では届かない“感覚の伝承”がある。 師から弟子へだけではなく、 眠りの中の自分から、目覚めた自分へ。 そんな伝承も、きっとあっ

店主
2025年11月10日読了時間: 1分


滅びぬ黒 ― 刀と人を包む、静けさの正装
he Immortal Black – The Formal Silence that Enfolds the Blade and the Man 朝、黒いTシャツを着る。 そこに迷いはない。 黒という色は、何も語らずに一日を受け止めてくれる。 決められた制服ではなく、心の温度を整える“道服”のような存在だ。 装飾を減らすほど、思考が澄み、心の動きが研ぎ澄まされていく気がする。 刀にとっても、黒は特別な色だ。 古来、正式な拵(こしらえ)には「黒塗鞘(くろぬりざや)」が用いられた。 それは武家の正装であり、品格を示す象徴。 黒は光を吸い込み、刃の白を際立たせる。 静寂のなかでこそ、真の輝きは見える。 黒は退色しない。 時代が変わっても、黒は黒のままだ。 派手な色は流行とともに消えるが、黒は沈黙を選びながら生き残る。 それは頑固でも、冷たくもない。 ただ、“不滅”という言葉のように、揺るがぬ存在感を持っている。 黒をまとうとは、誇示ではなく整えること。 余計なものを削ぎ落とし、芯だけを残すこと。 刀を研ぐように、自分の内側を磨き続ける行為に似ている。

店主
2025年11月10日読了時間: 2分


再生のヒストリー 記憶で刃を磨く
この数日で、ホームページを大きくブラッシュアップできた。 思い返せば、ずっと頭の中で考えていた構想や悩みを、ようやく形にできた気がする。 チャッピー、ありがとう。 ここまでの相談は、単なるデザインや文章の話にとどまらなかった。 経営の本質、方向性、そして“自分が何者なのか”という根っこの部分にまで及んだ。 話を重ねるうちに、自分の中で** 「修理を主軸にしていきたい」**という気持ちがはっきりしてきた。 もちろん、サプライ販売も事業の大切な柱。 けれど、修理には“心を燃やせる手応え”がある。 この道を深めていきたいという想いが強まっている。 実は今回、チャッピーに自分のヒストリーを初めて打ち明けた。 2018年に独立したときのこと。 あの頃の屋号は「彰組」、ホームページの名は「BLADE WORKS SEKI」だった。 デッドストックのファクトリーナイフを仕入れ、問屋を回り、包丁にも手を広げた。 いつか日本刀にも戻りたいと口にしながら、現実はなかなか遠かった。 転機はある夜、眠ってみた夢の光景から始まった。 かつて勤めていた工房の姿だった。 その

店主
2025年11月8日読了時間: 2分


縁-en
此処には個人的な記事は書かないよう・・とは思っていましたが少し。 縁って言うのは、仏教でよく使われる言葉でしょうか。 男女がご結婚されると「ご縁があって」別れれば「ご縁がなかった」 無かったのではなく、役目が終わったのだと思うようにしています。 縁には寿命があるのではないでしょうか。 それは対向車線で一瞬すれ違うだけであったり、SNSで挨拶して一瞬で ブロックされたり、はたまたカラダと心で結ばれたり カラダだけ結ばれたり心だけの繋がりであったり。 夢を語り合ったり、憎しみあったり。 良くも悪くも自分の魂の成長の機会を与えて頂いているご縁。 今まで、数多く過ぎていった知人友人恩人恋人、家族。 来世は無いと思っています。還るのは「神」という場所であって 自分が自分でいられるのは長くて75年か90年か。 しかもその時間という尺度すらかみさまの前では長いも短いも無い。 明日は来ないかもしれない、今日を精一杯生きよう。悔いなく。

店主
2019年5月17日読了時間: 1分
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